デス・オーバチュア
第141話「畜生残害」




「人を殺すぜ! 神を殺すぜ! 魔を殺すぜ! 北へ南へ〜♪」
物騒な歌詞の歌声がタナトスを眠りの淵から呼び戻そうとする。
「BLOOD! BLOOD! あなたの血を、吸血、吸血、全部吸いたい〜♪」
「……んっ……」
「鮮血のトマホーク、生首飛ばせ! 首ちょんぱ!」
「……うっ!?」
タナトスは覚醒すると同時に、文字通り飛び起きた。
直前までタナトスが寝ていた場所に、血のように真っ赤な手斧が二本突き刺さっている。
「おっ、いいカンしているぜ、よくギリギリで起きたな」
タナトスの視線の先にいたのは『赤頭巾』だった。
頭巾……フードを深々と被り、ボロボロの長いマントがまるで蝙蝠の翼か何かのように風にはためき、少女を『浮かせて』いる。
「……赤ずきん……ちゃん?」
マントの下に着ているのは赤みがかった黒と薄赤い白でデザインされた、リボンやフリルの多い可愛いらしいエプロンドレスだった。
「BLOOD! BLOOD! あなたを優しく料理する〜♪」
赤頭巾は両手を腰の後ろに回したかと思うと、大きな二本の包丁を引き抜く。
赤頭巾はタナトスに向かって滑空してくると、両手の包丁で切りつけた。
「くっ!」
タナトスは大鎌で、二本の包丁を切り払う。
「いきなり何だ!? なぜ、私はこんなところにいる!?」
確か、自分はギターを持った悪魔と戦っていたはずだ。
それが目覚めたら、見知らぬ場所で、見知らぬ赤頭巾にいきなり襲われた……理解も推測も不可能な状況だった。
「別に場所はたいして動いてないぜ。ここもホワイトの地下迷宮の一室だぜ」
赤頭巾は二本の包丁を巧みに操り、タナトスを切り刻もうとする。
タナトスは、赤頭巾以上に器用に、大鎌で包丁の斬撃を全て受け流していた。
「強え、強え、普通そんなふざけた大鎌で、私の包丁を捌ききるなんてできないぜ!」
赤頭巾は、宙を滑空するように後退すると、包丁を後ろ腰の鞘に収める。
「で、私は、血に飢えた可愛い可愛い赤頭巾ちゃんだぜ〜」
赤頭巾は両手を背中に隠したかと思うと、次の瞬間、二振りのトマホーク(投擲に適した手斧)を取り出した。
「ヴァンパイアトマホーク!」
そして、迷うことなく真っ赤なトマホークをタナトスに向かって投擲する。
タナトスは飛来したトマホークを最小限の足捌きで回避した。
赤頭巾は再び、超低空を滑空して、タナトスに迫る。
赤頭巾は後ろ腰に装備している二本の包丁を逆手で抜刀すると同時に、切りつけてきた。
タナトスはその一撃を、バックステップでかわす。
「つっ!?」
タナトスはバックステップで着地すると同時に空高く飛び上がった。
直後、タナトスが一瞬前まで居た場所を二つのトマホークが通過していく。
赤頭巾は包丁を素早く鞘へとしまい、舞い戻ってきたトマホークを両手でそれぞれ見事に受け止めた。
「本当いいカンしている奴だぜ、よくトマホークが返ってくるって解ったな」
「……何となくだ……背中に寒気が走った……」
戻ってきたトマホークを目で確認したわけでも、戻ってくることを予め知っていたわけでもない。
直前で、危険を触覚……あるいは第六感で感知して、反射的に宙に逃れただけだ。
もし、目なり耳で確認してから、回避行動を開始していたら、間に合わなかっただろう。
赤頭巾は二振りのトマホークを背中に隠すと、代わりに二丁のハンドガンを取り出した。
二丁のハンドガンが同時に発砲される。
「くっ……!」
タナトスは二発の弾丸を大鎌の一閃で打ち落とした。
かなり特種な弾丸だったのか、打ち落とす際にかなりの負荷を感じる。
「オラオラオラオラ、どんどん行くぜっ!」
赤頭巾は連続で二丁のハンドガンを発砲しだした。
「…………っ!」
タナトスは人間離れした大鎌裁きで、全ての弾丸を打ち落とす。
「素敵に人外だぜ、あんた」
赤頭巾は弾丸切れになったハンドガンを出した時と同じく、背中の後ろに消した。
常に後ろ腰の鞘に収まった姿を見せている二振りの包丁と違って、トマホークやハンドガンはどう考えても、背中やマントの裏側に収納……隠せる物とは思えない。
まるで手品のような出現と消失……それを強調するように、赤頭巾は自分の身長よりも長く巨大なライフルを出現させた。
「なっ!?」
「これなら受けても吹き飛ぶぜっ!」
ロングライフルが大砲のように砲火される。
砲火の反動で後方に吹き飛ぶ赤頭巾が、その威力の凄まじさを証明していた。
「つっ……」
タナトスは大鎌を地面に突き刺すと、死気の刃を地を這わせるように解き放つ。
ライフルの砲弾と死気の刃が正面から激突した。



「まあ、今日の所はこれくらいにしておいてやるぜ〜」
爆発を背に、一匹の赤い蝙蝠が飛び去っていく。
「…………」
爆発が完全に晴れると、そこにはタナトス一人だけが取り残されていた。
「……何だったのだ、あれは……?」
爆風で吹き飛ばされはしたものの、タナトスは基本的に無傷である。
さっきの巨大ロングライフルは確かに兵器としてはとんでもない威力だったが、高次元の化け物達の『必殺技』に比べればたいしたことはなかった。
所詮は化学兵器、重火器の類に過ぎない。
ルーファスを始めとした高次元の化け物達はあんなものとは比べ物にならない、凄まじい『弾丸』とか『光線』とかを体から撃ち出すのだ。
まさに、非常識な存在達である。
「マジックナイトこと……赤月魔夜(あかつき まや)……吸血王ミッドナイトの使い魔にして武器、そして養女(むすめ)でもある存在よ」
いつのまにか、リンネ・インフィニティがその場に佇んでいた。
「……リンネ?」
「ふふ……とりあえず、あなたにいろいろと『説明』をしてあげようと思って出てきたわ。事情も状況も何も解らぬ、相手が何者かも解らず戦うというのはいい加減嫌でしょうからね……」
「……それは……確かに助かるが……」
真紅の鴉、黒い悪魔、そして、さっきの赤頭巾……相手が何者かも、どんな理由で襲いかかってきたのかも、何一つ解らず、戦うのは、リンネの言うとおり嫌な気分である。
タナトスはクロスとかのように戦闘で燃えたり、熱血したり、興奮する戦闘マニアではないのだ。
理由のない戦闘などしたくもない。
確かに、今まで出会った人外の者達は、このホワイトで起きている異変と何らかの関わりがある可能性は高いが……どうか関わっているのかすら確認することもできていなかった。
ただ、襲われて、挑まれて、自衛のように戦ってきただけ……。
「ふふ……というわけで、教えてあげるわ……教えても問題ないことだけね……」
リンネは妖艶に笑いながら言った。



「享楽を心ゆくまで楽しめたかね、我が血を分けし娘……魔性の夜を司る今はまだ幼き吸血の姫よ」
「げっ……」
赤い蝙蝠……赤月魔夜は、己が『主』を目視するなり、Uターンして、もと来た通路に逃げ込もうとした。
だが、それよりも速くミッドナイトの右手が伸び、魔夜を鷲掴みにする。
直後、ポンッといった音と共に、赤い蝙蝠が、赤い頭巾の幼い少女に姿を変えた。
赤頭巾はミッドナイトに、猫か何かのように襟首を掴まれて吊されている。
「逃げることはあるまい。私は君の『父』にして『主』なのだから……」
「とにかく、まずは離しやがれ! これが唯一人の娘に対する扱いか、ボケ親父!」
魔夜が激しく暴れると、ミッドナイトの右手に頭巾だけを残して、彼女は地に落ちた。
「ふむ、どこでそういう品のない言葉を覚えてくるのだね、娘よ?」
「私は吸血鬼の無意味に気取って勿体ぶった喋り方や態度ってやつが大嫌いなんだよ、解ったか、このく……むぐっ!?」
ミッドナイトは背後から右手で魔夜の口を塞ぐ。
「やれやれ、少しは聖夜(せいや)を見習っては……」
「んっ!」
魔夜はミッドナイトの右手に牙を突き立てた。
拘束が解けると同時に、魔夜はミッドナイトから逃れるように前方に滑空して間合いを取る。
「アレを見習え?……面白い冗談だぜ、『お父様』……?」
充分間合いを稼ぐと、魔夜は振り返り、父であり主である存在を睨みつけた。
魔夜は、赤みがかった金の髪と瞳をしている。
年の頃は、人間で言えば十三歳ぐらいだろうか……幼さを残しながらも、その美しさは人間の範疇を遙かに越え……まさに人外の美貌をしていた。
「……いや、別にアレの趣味を見習えと言っているのではない。言葉遣い……礼儀作法をだね……淑女であるべき君がアレに劣るということが、そもそも存在的に……」
「アレに比べれば私は遙かにまともだぜ。ちょっとばかりワイルドな美少女なだけだもんな」
魔夜は微かに床から足下を浮かせたまま、ゆっくりと後退していく。
「というわけで、あばよっ!」
魔夜は赤い蝙蝠に転じると、一気に飛び去ろうとした。
しかし、翼を一度羽ばたかせるよりも速く、ミッドナイトの右手の指で翼を掴まれてしまう。
「離せっ! 気障男! 私はまだまだ遊び足りないぜ! もっともっと、殺して、吸って、遊びまく……」
ペタンという心地よい音と共に魔夜……赤い蝙蝠はミッドナイトの背中に強制的に張り付けられた。
『…………』
魔夜は赤い蝙蝠の刺繍と化し沈黙する。
「散歩の時間は終わりだ、娘よ。招かねざる客は大人しく会場の隅で壁の花とならん」
ミッドナイトは黒き霧へと転じ、霧散するように消滅した。



「暗黒に閉ざされ……未来が何も視えない……」
水晶玉は真っ黒に染まり、何の映像も浮かべてはいなかった。
「残る干渉者は狭間と暗黒……残りは鑑賞者……傍観者に過ぎない、あなたも含めてね」
ネヴァンが居るのは、全方位を無数の鏡で埋め尽くされた世界。
万華鏡、合わせ鏡……どちらの要素も持ちながら、正確にはどちらでもない、不可思議なる鏡の迷宮だった。
「ええ、私は傍観者……ただある存在を傍観するためだけに、魔王も時間も捨てた身……」
鏡の迷宮に、両目を閉ざした翠色のマントの人物が姿を現す。
「ようこそ、ミラービリスこと鏡迷宮(きょうめいきゅう)へ……翠色の魔王……」
「ここが『ネヴァン』としてのプライベートワールドですか……鏡の迷宮というより、まるで鏡の牢獄ですね……」
「お気ををつけを……鏡に映る虚像を砕けば、真の己も砕け散る……ここはそういう場所です」
ネヴァンはわざとらしく丁寧な喋りでそう告げた。
「まさに一度入ったら最後、何者も脱出不可能な美しき狂気の牢獄ですね……」
壁である鏡を砕いて脱出しようとすれば、己が砕け散る……ゆえに、この気が狂わんばかりに不可思議で美しい鏡の迷宮に永久に閉じ込められるしかない。
「あの吸血蝙蝠が、タナトスの目覚ましと寝起きの準備運動の相手をしてくれたわ……いよいよ、本番ね」
「ええ、そうですね。私も御一緒にここから傍観させていただいてよろしいですか?」
「どうぞ、御自由に」
漆黒の鴉と翠色の魔王はここではないどこかへ『視線』を向けた。



「アアアアアアアアアアアアッ! ガアアアアアアアアアアアッ!?」
ダルク・ハーケンは苦しみの声を上げながら、目覚めた。
「目が覚めた? 一眠りすれば痛みがひくってものでもないのね」
「アァァ……て、てめえ……?」
ダルク・ハーケンは苦痛を堪えながら、周囲を確認する。
そこは、一言で言うなら、少女趣味な部屋だった。
「…………」
ダルク・ハーケンは、部屋中に置かれたぬいぐるみ達に、包囲するように見つめられている気がして、落ち着かない。
「……てめえの部屋か?」
「ええ、ようこそ、乙女の部屋に……ここに異性を……というか、他人を入れるのはあなたが初めてよ、ダルク?」
ダルク・ハーケンは天蓋付きのクィーンサイズのベッドに寝かされており、修道女ディアドラもまたそのベッドに腰を下ろしていた。
「何がダルクだ……馴れ馴れしい……」
「ていうか、あなたの場合、フルネームの方が発音というか、語呂が良いのよね〜」
ディアドラは、傍に置かれていたファンシーなウサギのぬいぐるみを抱き寄せる。
「悪趣味が……てめえの歳を考えやがれ……」
「あら、女らしくない飾り気の無い部屋の方が私らしかった? でも、私だって寂しい夜もあるのよ……それとも、この子達の代わりにあなたが私を慰めてくれるの?」
ディアドラが口元に浮かべた微笑は聖女に相応しくない妖艶なものだった。
清らかな容姿や格好とのギャップがなおさら淫靡さ……妙な背徳感を感じさせる。
「けっ……てめえ、一体何が目的なんだ? 何でオレを『助け』やがった?」
「…………」
ディアドラは問いに答える代わりに、左手に聖書を出現させると、必要なページを聖書に独りでに開かせた。
「天使喰い……元々、それは人間を愛し堕天したある天使が、自分を抱かせることで、人間に自分の能力を分け与えた行為だった。だが、天使を次々に犯し殺し、神のごとき力を得ようとした一人の人間の男が現れた。そして、天使喰いとは、天使を犯し殺し力を得る行為の名であると共に、それを行う者を指す言葉となった」
ディアドラは聖書を読み上げるように語る。
「……けっ……」
「だが、分不相応な力には代償があった。いや、代償というよりいずれ訪れる避け難き確実な破滅……組織崩壊……強さを与える天使の力こそ人間にとって最大の異物、天使喰いの体を内側から確実に崩壊させていく……激痛と共に……大抵は体が崩壊し尽くすよりも速く、激痛で発狂死する……」
「……へっ、よくご存知で……」
「悪魔であるあなたは、確かに人間なんかと比べものにならない丈夫な体をしているから、一見人間より長持ちするように思えるけど……異物……天使と対極の存在であるあなたにとって天使の力の拒絶反応は人間の数倍……当然、その痛みもね。そんな苦しい想いをして、待っているのが確実な破滅だけと解っていて……それでもなぜ、あなたは力を求めるの?」
「くだらねえ! 力を求めるのに強くなること以外の理由があるか! オレ様は誰かの下で居るのはごめんだ! 例え、悪魔王唯一人だろうが、オレより強い奴が、オレを支配できる存在がいることが我慢できねえ! ただそれだけだ!」
ダルク・ハーケンの答えに、ディアドラは満足げな微笑を浮かべた。
「ただ悪魔王を凌駕するためだけにか……もし、それが叶ったとしても、天使喰いであるあなたの命は長くはなく、支配を楽しむ間も無く滅するでしょうに……」
「はっ! オレは権力なんかに興味はねえんだよ! 王なんて面倒なことは悪魔王の奴が勝手にやってればいいさ! オレは悪魔共を支配したいんじゃねえ! 悪魔王に支配されているのが我慢ならねえんだよ!」
「望むのは完全なる自由か……うふふっ、素敵ね。それはささやかなようで、もっとも大それた望み……」
「て、てめえに何が解……ガアアアァァッ!」
「辛そうね。雷魔装はあなたの力を何十〜何百倍にも高めるけど、その分天使喰いの副作用……組織崩壊をも急激に進行させる。雷魔装自体にも一時的に変態させた体……つまり、肉体の外側を崩壊させる副作用があり、内と外からあなたの体は確実に崩壊していく……」
「……そ、それが……どう……アアアアアァァァァッ!」
ダルク・ハーケンは苦しみから逃れるように右手を突き出すと、ディアドラを押し倒し、その上に覆い被さる。
「もう理性を保つのも辛いでしょう? その激痛から逃れる方法は別の快楽に興じること……本能、衝動のままに、女を犯し、殺し、喰らうしかない……」
ダルク・ハーケンに捕らえられながら、ディアドラは平然とした表情……微笑すら浮かべていた。
「畜生残害……やはり、あなたは私に相応しい……畜生……最低の獣であるあなたと、畜生にも劣る女である私……共に畜生道にどこまでも堕ちましょう……」
「ガガッ……て、てめえ、何を……オオオオオ……」
「抱いていい、殺していいって言っているのよ、ダルク……まあ、私は何も感じない女だから抱いても面白くないかもしれないけど欲望は満たせるはず……それに、死なない女だから遠慮なく殺してくれていいわ。あ、でも、食べられるのだけはちょっと嫌かな? 全部は食べないでね〜」
ディアドラはこの状況で楽しげに、悪戯っぽく笑う。
「て、てめえ……後悔しても……もう遅いぜ……オレの理性はもう……」
「主の御名のもと全ての欲望を示しなさい、あなたの罪を私に放ちなさい……とか言ったら、修道女っぽい? 自己犠牲はこの世でもっとも崇高な行為って言うものね〜」
「けっ、どこの世界に欲望を肯定する『神様』が居るんだよ……邪神の信徒か、てめえは?」
「あら、全ての欲も罪も許してくださるのが、神様ってものでしょう?」
「随分、都合のいい解釈で……」
「好き勝手都合良く解釈できるのが宗教の醍醐味よ。もっとも、私が信じ、私が祈る『神様』は……この世に実在もしない、私だけの神様……自分以外の一切の神を認めず、信者の一切の罪と欲望を許してくださる……この世でもっとも狭量でありながら、もっとも寛大な素敵な神様……」
「馬鹿が、そんな神様いるかよ……」
「居るわ、私の心の中だけに……」
ディアドラは自分の両手をダルク・ハーケンの背中に回した。












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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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